論語素読によって得られるもの

 

日野の寺子屋 耕志苑から、

親子で読んで頂きたい「子供たちへのメッセージ」

 

 

論語とは何でしょうか?

 

論語は古代中国の孔子という人が、およそ2500年前に話したことを、孔子の弟子達が500年近くにわたってまとめ、書き上げた本です。

では、孔子とは誰でしょうか?

孔子は、世界の四大聖人のひとりと言われています。他の3人は釈迦、ソクラテス、イエス・キリストです。

なぜ聖人と呼ばれているのでしょう?

それは、孔子が話した内容がとても素晴らしく、人間の本質を悟っており、人々はそれを聞いて、心の奥底を揺さぶられ、人間として正しく生きたいと思ったため、孔子の死後2500年たってもまだ、人々の間で論語は読み続けられているのです。

みなさんのおじいさんやおばあさんが子供の頃は、まだ論語を勉強していた人も多かったのですが、現在はだんだんと論語を勉強するチャンスはなくなってきています。

論語は不思議な力を持った本です。小学生でも大学生でも、はたまた大人になっても、おじいさん、おばあさんになっても、論語を読むとそのときどきで学ぶことがあり、読むたびに新鮮な気持ちで読むことができます。そして、自分がくじけそうなときは励ましてくれ、自分の人生がうまく行っているときでも、きちんと戒めてくれ、心が引き締められるのです。

 

論語を勉強すれば、論語は生涯の友となってくれます。

 

さて、それでは論語の「素読」とはなんでしょうか?

これは読んで字のごとく、「意味はわからなくても、とにかく読み進める」という意味です。

論語はもちろん最初漢文で書かれましたが、昔の日本人がそれを日本語に直しました。それを日本語書き下し文と言います。

この書き下し文を意味がわからなくても声を出して皆で何度も読みます。

例えば

 

「子(し)曰(い)わく、人の己(おのれ)を知らざることを患(うれ)えず、人を知らざることを患う。」

 

どうですか?。なかなか普段使う言葉ではないですが、素敵な響きでしょう。

このように昔の日本人が使うような言葉で読むのです。

論語との出会いは何歳からでもよいのですが、できれば早いうちに出会っておくことがよいのです。「鉄は熱いうちに打て」です。

皆さんも耕志苑で一緒に論語を学習しましょう。